03 of MTTBura

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― in a pub ―

劇場裏の酒場。
ふらりと現われたのは、天邪鬼で知られた大柄のオス猫。

「ガス、あんたひとりか」

目を細めて怪訝な顔をする老いたオス猫に、若いオス猫は肩を竦めて見せた。
この時間なら、いつもは誰かしらがこの俳優猫に飲ませて
彼が若かった頃の芝居の話を肴にしているのだが。
何故だか今日は、彼ひとりだった。

「…お前さんがひとりでいる方が、珍しいぞ」

群がるメス猫をまいて来たのか…少し上がっていた息を整える為に、身体を伸ばして深呼吸して。
自慢のたてがみを舐めながら、ぐるりと周囲を見る。

やはり、他に誰もいない。
当然のように、若いオス猫は彼に近付いた。

「酒なら今日はオレが瓶ごとおごってやるよ、その代わり…」

カウンターに寄り掛かって空のグラスをもてあそぶ、老いた猫を覗き込む。

「一晩オレの相手しろ」

何匹かは知っている、彼は本当によくできた役者だから…老いた演技もお手の物なのだと。

「…海賊の話でも聞きたいか、ぼうず」
「ぼうずじゃねえ、オレはラムタムタガーだ」

「…そうだったな、勝手猫のタガーだ…ぼうずに違いないが」
「何とでも」

俳優猫・ガスの表情に合わせるように、タガーも目を細めて薄く笑う。

「ヒマだろ、オレの相手しろって…退屈させないぜ?」

ガスがくっくっと笑う度にその荒れた手の中で揺れるグラス…それをタガーの指が取り上げる。
小さくなった氷を、薄暗い照明にカラカラとかざしてから口に入れた。
そしてすぐに脇に置いていたスコッチの瓶を手にとって開けると、琥珀色の液体も口に含む。

その様子を見上げているガスの目にある光は、酔った者のそれではなかった。
タガーはガスの隣にどかりと腰を下ろすと、年齢よりはずっと逞しい肩を抱いて引き寄せる。

「酔っ払いの年寄り相手におかしな奴だな…」

唇が重なる瞬間、ガスはタガーの顎に手を添えて支えた。

「……ッ、ン…」

小さな氷が溶けてなくなってしまうまで…タガーの口の中のスコッチを2匹で味わう。

「…っ…」

離れる唇を、名残惜しんだのはガスの方だった。
それに気付かない筈はなく…タガーが口の端をくいと上げて笑う。

「…アンタ結構遊び人だな」

思ったとおりだ…と、また目を細め、たてがみの横で酒瓶を振ってみせる。

してやられた、と思ったガスだが…役者である事を差し引いたとしても、
歳を重ねた彼にとって心情を隠す事など容易い。
何事も無かったように、首の後ろを掻く。

「…まだあるぜ、おかわりは?」

若いオス猫のわがままを聞いてやるのも、悪くは無いと溜息をつく。

「……もらおうか」

劇場裏の酒場。

ふらりと現れた若いオス猫。
それを待っていたような、老いた猫。

夜更けまで、店の隅には二匹の猫の影が重なっていた。


END
2006.1.12

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